こんにちは。SOMPO環境財団の瀬川です。
2022年度「市民のための環境公開講座」の第3回のレポートです。 今回は「認識から行動へ ―地球の未来を考える9つの視点―」をテーマとした 全9回講座の第3回となります。
8月3日(水)に開催された今回は、京都大学准教授の深町加津枝さんから
「伝統知と生態系を活かした防災・減災」についてお話いただきました。
防災や減災の分野に限らない話ではありますが、「伝統知」と言われると、
「現代には現代の知を集結した最新のテクノロジーがあるのだから、
わざわざ昔の知恵を引っ張り出してこなくても良いのでは?」と感じる人も
いるのではないでしょうか。(実は私もその一人でしたが…。)
今回深町さんにお話しいただいた内容は、上記の問いかけに対する一つの
答えになるのでは、と感じます。今回も私の感想を交えながら講座の概要を
ご紹介しますので、私と同じような疑問をお持ちの方はぜひ最後までご覧ください。
深町さんのご専門は「造園学」や「景観生態学」という分野で、人(文化・社会)と
自然がどのように関わっていくか、ということをテーマに長年研究をされています。
研究内容は専門家だけで議論するのではなく、地域の方々との実践を大切に、
という言葉どおり、今回の講座でも膨大な文献調査やフィールドワークで得られた
資料、写真をたくさんご紹介いただきながら、伝統知が防災・減災にどのように
活かされてきたか、実例をお話しいただきました。
主に取り上げられたのは、琵琶湖西岸の比良山麓地域の取り組みです。
この地域は急峻な山々と琵琶湖に挟まれた非常に狭い平地のエリアで、
防災・減災の観点からは山間部から流れてくる土砂、水の管理が主要な課題と
なります。あわせて、水田のための農業用水の安定的な確保も重要なテーマです。
深町さんからはこの地域の対策例として、①砂防林、②石堤、③内湖の3つを
ご紹介いただきました。①は文字通り集落に土石流が侵入することを防ぐための
樹木、②は同じく洪水、土石流を防ぐための石垣です。③は少し聞きなれない
言葉ですが、内陸部に自然発生した小さな湖(湿地)を、土砂や水の調整弁と
して活用したり、資源活用の場とする取り組みを指しています。
いずれも江戸~明治期の古地図と、ドローンが撮影した航空写真を比較しながら
説明いただきましたが、いかに昔の人々が防災・減災の「急所」を押えて対策を
講じていたのかが如実に分かり、とても驚きました。
ここで最初の問いに戻るのですが、①~③はいずれも現代の建築技術で
代用できてしまうのでは?という点を考えてみたいと思います。
お話を聞いて私が感じた「現代知」との違いは以下のような点でした。
・「伝統知」による対策は、必要な資源がすべて地域内で完結している
砂防林にしても石垣にしても、すべて地域にある自然を活用して作られています。
経済成長のピークを過ぎ、環境配慮や海外情勢の影響で資源活用の制約がどんどん
強まっている現代日本の状況を考えると、非常に重要な知見が詰まっている感じました。
・防災・減災のために「開発しない」余白を作る工夫がある
これも個人的に現在の開発と対照的な考え方と感じた部分です。
「伝統知」では、「ここを開発すると防災・減災上リスクがある」という要所を定め、
宗教施設を建てる、言い伝えで開発を抑止する、共有地にして管理する、など
「土地を利用しない」余白を作るために様々な工夫を凝らしています。
別の見方をすれば、「個人の利益よりも全体の利益を優先する」考え方が徹底
されており、今日的な開発の考え方とは大きく異なるように思えました。
この「全体」にはもちろん自然環境も含まれていて、総じて自然のままに残す部分
(砂防林、内湖など)と能動的に手を入れる部分(石堤、水門など)の押し引きの
バランスが絶妙と感じました。
つまり、「伝統知」が現代より技術的に優れているという話ではなく、根本の発想が
大きく異なる、というのが私の感想です。地域の環境が持つポテンシャルを最大限に
活かしながら開発をする、という考え方には学ぶべき点が多くあると思いますし、
ここに現代の技術があわされば「鬼に金棒」と言ったところではないでしょうか。
防災のために「グリーンインフラ」と「グレーインフラ」があるとして、「グリーンインフラ」
が無くてもよい!と考える人はほとんどいないと思います。理想的なグリーンと
グレーのバランスを実現するためにも、いかに「伝統知」の考え方を実際の開発に
実装していくか、みんなで知恵を絞る必要があるのではないでしょうか。
(講義後の質疑もこの点に集中していたのが印象的でした。)
次回は9月7日(水)18時から、
「誰でも気軽に楽しく食品ロス削減に参加できるクラダシ」をテーマに、株式会社クラダシ
代表取締役社長CEOの関藤竜也さんに講演いただきます。
また、あわせて8月21日(日)10時~11時30分に開催する特別講座、「環境水族館」
アクアマリンふくしまオンラインツアー参加者もあわせて募集中です!
以下リンクからご登録いただけますので、皆さま奮ってご参加ください。
<市民のための環境公開講座・お申込み>
https://www.sompo-ef.org/kouza/kouza2022/
こんにちは。SOMPO環境財団の瀬川です。
いよいよ2022年度も「市民のための環境公開講座」が開講されました。
記念すべき30周年となる今年度は、「認識から行動へ ―地球の未来を考える9つの視点―」を
全体テーマとして、さまざまな切り口で地球環境とわたしたちの暮らしのつながりを考えていきます。
7月6日(水)18時00に実施した第1回は、東京大学理事、グローバル・コモンズ・センターの
初代ダイレクターである石井菜穂子さんを講師に迎え、「安定した地球環境(グローバル・
コモンズ)を未来に引き継ぐために」というテーマでお話しいただきました。 地球環境が直面している様々な問題を大局的にとらえ、現在の危機を引き起こしている要因は
何か、それは社会システムをどのように変えれば克服できるのかというテーマを軸に、一見すると
実感を得づらい地球環境(グローバル・コモンズ)と私たちの暮らしの繋がりをわかりやすく
解説していただけた、第1回講座にふさわしい内容でした。
石井さんがお話した内容や、私なりの解釈や感想も含めてご紹介したいと思います。
地球の長い歴史の中で、温暖で安定した気候を保っている1万2000年前頃から現在までを
「完新世」と呼びます。これは人類が農耕をはじめてからの期間とほぼ一致しています。
安定した食料供給に支えられて人間は爆発的に人口を増やし、都市化を進め、分業を行うことで
様々な技術革新を遂げてきました。特に産業革命以降の約200年間は飛躍的な経済活動の
拡大が進みましたが、これは裏を返せば飛躍的に地球環境への負荷が高まったこととイコール
でもあります。実際に、この200年間で地球環境が大きく変化してしまったことは種々の指標から
明らかで、その影響は地質学上「人新世」という新たな分類が提唱されていることに象徴されています。 この人間の活動による負荷に「地球があとどれくらい持ちこたえられるか」という問いが、
今日の環境活動の原点であると言えます。
講座では、この問いに答えるためのモデルとして、「プラネタリー・バウンダリー」という考え方が
紹介されました。完新世の地球環境が安定していた要因を9つに分類し、それぞれの要因ごとに
現状の負荷を測定、「あとどれくらい持ちこたえられるのか(もしくはもう限界を超えているのか)」を
示したものです。2030年を目標に気候変動を1.5℃に抑えようとするパリ目標や、生態系保全
分野では30by30などの目標が定められていますが、これらの目標は「そこを超えたら地球環境は
限界を超えてしまう」というプラネタリー・バウンダリーから逆算して定められた目標と言えます。 つまり、現在の地球環境問題は「人間の経済システム」と「地球環境システム」の衝突であると
言い換えることができます。地球環境システムを変えることはできませんから、私たちが現在の
経済システムを変えることでしか、この問題を解決することはできません。これは、経済発展の
担い手である世界中のビジネスリーダーも同様の認識をしています。
ここで、講師の石井さんからは重要なヒントが2つ示されました。1つは、「SDGsのような細分化
された目標を個別に捉えてはいけないこと」、もう1つは「共有財産を守る、というローカルの
考え方を、どうやってグローバルに応用するかを考えること」です。
SDGsに関わる食料、エネルギー、生産消費、都市、技術革新などの課題は、それぞれが複雑に
関連しあっており、バラバラに捉えても解決することはできません。SDGsのウェディングケーキに
示されているように、全体を1つの包括的なシステムと考えることが重要になります。
これは地理的な考え方も同様で、先進国がいくら自国内だけで目標達成をしても、それが食料や
衣料品を供給している途上国に低賃金労働を強い、自然環境を破壊するという犠牲の上に
成り立っているのであれば、地球規模での問題は何ら解決されておらず、本末転倒と言えます。
私たちが日々行っている行動、例えばスーパーで何気なく食材を選ぶその選択が、引いては
気候変動を助長し、遠く離れた国の生態系を壊す選択になっているかもしれません。現在は
技術革新により、こうした影響が可視化され、距離の壁を越えたネットワークが実現していることで、
以前よりはるかに問題を「自分ごと」として感じやすくなっているはずです。
私たち一人ひとりが地球環境問題の当事者であることを自覚して行動することが、将来の世代に
豊かな地球環境を引き継ぐために何よりも必要であるということが、本講座のメッセージだった
のではないでしょうか。
次回は7月20日(水)18時から、「(対談)アドベンチャーレースの世界から見る自然界」をテーマに、
プロアドベンチャーレーサーの田中陽希さん、田中正人さんに講演いただきます。
様々なメディアにも取り上げられ大注目のお二人の対談、ぜひご視聴ください!
https://www.sompo-ef.org/kouza/kouza2022/ SOMPO環境財団・瀬川